夢を小さくしたら、負けなのか

大きな計画が今の生活に合わなくなったとき、大切なのは小さくしたことではありません。最初に望んでいたものが、まだ残っているかどうかです。

大きな計画と、その中心にある目的を残した小さな修正版の計画が並んでいる様子。

こんな思いを抱えている方へ

独立や大きな挑戦をまだ大切に思っている一方で、今の生活に合うよう計画を小さくすることを考えている人。

この記事で考えられること

夢の核と規模を分け、小さくした案が何を残し、何を手放すのかを言葉にして判断できるようになります。

計画を書き換えることが、負けを認めるように感じるとき

1年前に書いた計画を、久しぶりに開いたとします。

仕事を辞める。
専業になる。
事業をつくる。
これを本当の仕事にする。

そして、今の生活を見ます。

思っていたほど貯金が増えていないかもしれません。今の仕事が以前より体力を使うようになったかもしれません。計画を立てた頃にはなかった責任が増えていることもあります。あるいは、夢そのものは今も欲しいのに、そのためにすべてを賭けることまでは望まなくなったのかもしれません。

そこで、計画を書き換えます。

「仕事を辞める」は「今は仕事を続ける」に。

「専業になる」は「まずは有料の仕事を一件ずつ受ける」に。

「大きなものをつくる」は「小さくても、きちんと動くものをつくる」に。

新しい計画のほうが、今の生活にはずっと合っているかもしれません。

それでも、小さくなった計画を目にすると、妙に重く感じることがあります。

本当に気になっているのは、単に「この計画でうまくいくか」ではないのかもしれません。

むしろ、こんな問いです。

夢を小さくしたら、それだけ大切ではなかったということなのか。それとも、挑戦する勇気がなかったということなのか。

この問いは、混ざりやすい二つを分けると考えやすくなります。その夢で何を得たかったのかと、どこまで大きくするつもりだったのかです。

夢には「核」と「規模」があります

もともとの夢が、こうだったとします。

「会社を辞めて、自分の会社をつくりたい。」

この一文の中で、本当に大切なのは何でしょうか。

自分の時間をもっと自分で決めたいのかもしれません。

何に取り組むかを、自分で選びたいのかもしれません。

自分のものだと言える何かをつくりたいのかもしれません。

一つの勤務先だけに頼らず、自分の仕事からも収入を得たいのかもしれません。

あるいは、大きな組織をつくること自体に強く惹かれているのかもしれません。

これらは、同じように見えて別の望みです。

10人の会社を経営すること、一人で事業をすること、数か月に一度だけ個人で仕事を受けることでは、規模がまったく違います。それでも、その中に同じ価値が残る場合はあります。

だから、「どこまで小さくできるだろう」とだけ考える代わりに、こう問い直せます。

「何が残っていれば、これはまだ自分が大切にしている夢だと言えるだろう?」

もし答えが「自分の手で何かをつくりたい」なら、社員を雇った会社や専業であることは必須ではないかもしれません。

もし答えが「自分でつくったものに、本当にお金を払ってくれる人がいるか確かめたい」なら、実際に一人でも顧客がつけば、大切なことが見えてきます。

一方で、「大きな組織をつくり、自分が率いたい」が答えなら、規模は飾りではありません。そこまで含めて夢の一部です。それを静かな週末の副業に変えれば、大切な部分まで変わります。

ここには、はっきりした限界があります。小さくすることが、いつでも賢いとは限りません。

目標の調整に関する研究には、この話と一部重なる知見があります。Wroschらは3つの研究で、達成不可能になった目標から離れ、別の目標へ向かう力と、主観的な幸福感との関連を報告しました。ただし、この研究は「難しい目標は、つらくなったら小さくしたほうがよい」と示したものではありません。ここから言えるのは、もっと限定的です。うまく機能しなくなった目標を変えること自体は、自分が失敗した証拠ではありません。(Wrosch et al., 2003)

小さくした計画は、何かを守る代わりに何かを手放します

もう少し具体的に考えてみます。

元の計画がこうだったとします。

6か月以内に: 会社を辞め、クリエイティブの仕事を専業にする。毎月4社の顧客を持ち、いずれ小さなチームを雇う。

ところが今は、その金銭的なリスクを引き受けたくないと感じています。

そこで、こう書き換えます。

これから1年間は: 今の仕事を続けながら、6週間に一件の有料案件を受け、一人で進める。1年後に、先へ進むだけの実績と気持ちがあるかを改めて判断する。

二つ目の計画を見て、「前より野心的ではなくなった」とだけ言うのは簡単です。

でも、実際に何が変わったのかを見てみます。

小さいほうの計画なら、毎月の安定した収入を維持できます。つくる仕事そのものだけでなく、締め切り、修正、価格決め、顧客とのやり取りまで含めて、自分がその仕事を続けたいのかを確かめられます。もっと大きな決断をする前に、実際の仕事から材料を集めることもできます。

ただし、失うものもあります。

成長はおそらく遅くなります。顧客対応に使える時間も減ります。専業の事業者のようには動けないため、逃す機会もあるでしょう。そして、「会社を辞めた。これが今の自分の仕事だ」とはっきり区切る瞬間もありません。

その損失まで、前向きな言葉でなかったことにする必要はありません。

比べたいのは、ここです。

夢の核を守るために規模を手放しているのか。それとも、名前だけが夢として残るところまで核を手放しているのか。

自分で仕事をすることが一番大切なら、少額でも自分の力で収入を得ることは、夢の核を残しているかもしれません。

自分の作品を形にすることが一番大切なら、一つを完成させることでも核は残せます。

急速に成長することが一番大切なら、あえて小さく留まる計画では残らないものがあります。

大きなチームを率いることが一番大切なら、一人で働くことは同じ夢の代わりにはなりません。

何を守り、何を失うのかを言葉にすると、「小さくする」という言葉は評価ではなくなります。自分で判断できる具体的なトレードオフになります。

新しい形を、一文で正直に表してみます

小さくした計画のほうが、実はすべての面で優れているのだと自分を納得させる必要はありません。

褒めも責めもせず、こう表してみます。

私が残したいのは ____ です。私は ____ を ____ から ____ に小さくします。これによって ____ を守れます。その代わりに ____ を手放します。

先ほどの例なら、こうなります。

私が残したいのは、自分の力で仕事をつくる可能性です。私は、今年中に会社を辞める計画を、今の仕事を続けながら一件ずつ有料案件を受ける形に小さくします。これによって収入の安定を守りながら、実際の仕事で試すことができます。その代わりに、成長の速さと一部の機会を手放します。

この一文には意味があります。

新しい計画が、元の計画とまったく同じだとは言っていません。

同時に、規模を小さくしただけで「諦めた」と決めつけてもいません。

何を選んでいるのかが、はっきり見えるからです。

そして書いている途中で、もう一つ見えてくることがあります。

元の計画の一部は、そもそも夢の中心ではなかったのかもしれません。「本気の夢なら、専業で、速く成長して、人から見ても大きく、立派であるはずだ」というイメージだった可能性もあります。

そうした部分を外しても、まだ強く残したいものがあるなら、夢は小さくなっても、大切さまで小さくなったとは限りません。

反対に、それらを外した途端、特に残したいものが見つからないなら、それも大切な答えです。

問題は「大きいか、小さいか」だけではありません

まず、失いたくないものを見つけます。

次に、小さくした案を必要以上によく見せず、何を守り、何を失うのかを言葉にします。

そのあとで初めて、「どのくらいの規模にするか」が判断材料になります。

夢を望んだ理由が残っているなら、小さな計画でも、同じ夢の一つの形でありえます。

その理由まで消えているなら、それは別の選択です。変化を受け入れやすくするためだけに、同じ夢だと言い換える必要はありません。

今は、一文だけでも十分です。

「計画は小さくする。でも、____ は残す。」

その空欄に、今も自分にとって大切なものを入れられれば、今の生活の中で夢をどんな形にするかを考える土台ができます。

夢の大切さは、人生の中でどれだけ大きな場所を占めているかだけでは決まりません。夢が占める面積は小さくなっても、その意味まで小さくなるとは限りません。