「自分らしさ」が曖昧なときは、性格より選んできた場面を見る

性格を表す言葉はあなたの一面をまとめますが、実際の選択を見ると、どんな条件で違う自分が出やすいかが見えてきます。

いくつかの場面のメモを見比べ、状況によって自分の選択がどう変わったか確かめている人。

こんな思いを抱えている方へ

性格診断の結果には思い当たるところがあるのに、自分がどんな人かを自分の言葉で説明しにくい人。

この記事で考えられること

固定的な性格ラベルだけに頼らず、実際の場面から「この条件ではこうしやすい」と自分の傾向を説明できるようになります。

診断結果は当たっているのに、なぜ説明しづらいのでしょうか?

画面に性格診断の結果が出ているところを想像してみてください。

「慎重」「自立している」「人に気を配れる」といった言葉が並んでいます。どれも、まったく違うとは感じません。

ところが、誰かにこう聞かれます。

「実際、どんな人なの?」

その瞬間、診断結果だけでは説明しにくくなります。

大人数の会議ではほとんど話さないのに、信頼している同僚二人とならよく話すかもしれません。誰かに明確な方針があるときは前に出ないのに、誰も次に何をすればよいかわからない場面では、急に決断できることもあります。

では、どちらが「本当の自分」なのでしょうか。

そもそも、この問いが少し大きすぎるのかもしれません。

日常で表れる性格を調べた研究には、ここを考えるための手がかりがあります。心理学者William Fleesonは、日常の中でその時々の状態を繰り返し記録する方法を使った3つの研究で、同じ人でも状況によってビッグファイブに関わる行動がかなり変わる一方、研究期間中の平均的な傾向には人それぞれの違いがあることを示しました。Fleeson (2001)

つまり、状況によって違う行動をしたからといって、そのうち片方が「偽物の自分」だとは限りません。

「私はどんな人なのか」だけを考えるより、こんなふうに問い直すほうが役立つことがあります。

「どんな条件のとき、私はこう行動しやすいのだろう?」

ラベルは場面を消します。選択は場面を戻します

たとえば、自分を「優柔不断だ」と考えているとします。

実際の3つの場面を並べてみます。

友人と食事に行くとき、「どこに行きたい?」と聞かれて、「どこでもいいよ」と答えました。

仕事では、二つの進め方を長く比べてから、一つを提案しました。

ところが、家族に急な用事が起きたときは、数分のうちに何から手をつけるか決め、動き始めました。

「私は優柔不断だ」だけで考えると、最後の場面がうまく説明できません。

そこで、何が違ったのかを見てみます。

友人との食事では、どの選択肢でも大きな問題はなく、自分の希望より相手の希望を優先したのかもしれません。

仕事では、その判断がほかの人にも影響するため、決める前にもう少し根拠が欲しかったのかもしれません。

急な用事では、完璧に選ぶことより、問題をそのままにしないことのほうが大切だったのかもしれません。

すると、自分についてもう少し具体的に説明できます。

いくつかの選択肢がどれも許容できて、ほかの人に希望があるときは、私は相手に譲りやすいです。自分の判断がほかの人にも影響するときは慎重になり、より多くの情報を確かめたくなります。何かにすぐ対処する必要があるときは、早く決めて動けます。

もちろん、これだけで「なぜその選択をしたのか」が証明できるわけではありません。過去の行動だけから、そのときの動機を確実に知ることはできません。

それでも、「私は決断できる人なのか、できない人なのか」と考えるより、何を確かめればよいかがずっと具体的になります。

違う行動をした場面を比べてみる

この見方は、二つの記憶が矛盾しているように感じるときに特に役立ちます。

たとえば、自分は人をまとめる役が好きなのか考えているとします。

あるプロジェクトでは、自分で作業を整理し、次に何をするかを決め、周囲が進めるように動きました。

その記憶だけなら、こう言えそうです。

「私はリーダー役が好きだ」

ところが、別のプロジェクトでは、ほかの人が全体を調整していて、自分は専門の作業に集中できることを心地よく感じていました。

では、どちらなのでしょうか。

ここでも、条件を比べます。

最初のプロジェクトでは、たとえば次のような状況だったかもしれません。

  • 次に何をするか、誰も決めていなかった
  • 締め切りが近づいていた
  • 自分には、計画を作れる程度の理解があった
  • 待ち続けることで不都合が大きくなっていた

二つ目のプロジェクトでは、こんな違いがあったかもしれません。

  • すでに誰かが明確な方針を持っていた
  • その人の判断を信頼できた
  • 自分自身の作業に時間を使う必要があった

こうして見ると、二つの記憶を「どちらが本当か」で争わせなくて済みます。

より実際に近い説明は、たとえばこうです。

私は、どんな場面でもリーダー役を求めているわけではなさそうです。方向性がなく、自分に状況を整理できるだけの理解があるときは、前に出て動きやすいです。すでに信頼できる人が全体を調整しているときは、自分の役割に集中するほうを選びます。

心理学者Walter MischelとYuichi Shodaは、これに関連する考え方として、ある心理的な条件ではこのように反応し、別の条件では違う反応をするという、繰り返し現れる「if…then(もし〜なら、そのときは〜)」のパターンを提案しました。このモデルは、その人らしい一定のパターンと、状況による行動の変化をどちらも説明しようとするものです。Mischel & Shoda (1995)

日常の自己理解に引きつけるなら、ポイントはシンプルです。自分を説明するときに、「どんな条件だったか」まで含めるということです。

ただし、すべての選択が「本当は何をしたかったか」を示すわけではありません

ここには大切な限界があります。

過去の行動は、自分の好みだけで決まったわけではありません。その場で何ができたかにも左右されます。

会議で上司が何度も人の話を遮るため、発言しなかったのかもしれません。

仕事で「断る」という選択が現実的には難しく、追加の仕事を引き受けたのかもしれません。

イベントでは、参加者を迎える役目だったため、普段よりずっと社交的に見えたのかもしれません。

行動だけを見ると、こんな結論を出してしまうことがあります。

「私は意見を言わない人だ」

「私はいつも人を助ける」

「私は人と会うのが大好きだ」

でも、それが本当に自分の好みを表しているとは限りません。

だから、過去の選択を振り返るときには、もう一つだけ問いを加えると役立ちます。

「そのとき、現実的にはほかにどんな選択肢があっただろう?」

これで、混ざりやすい二つを分けやすくなります。

実際に選んだことと、自分が望んでいたことです。

圧力のある状況での選択も、その場について何かを教えてくれます。ただし、それだけで「私はこういう人だ」という固定的な説明にする必要はありません。

「私は〜だ」ではなく、「〜のとき、私は〜しやすい」で考える

性格診断や、性格を表す言葉を捨てる必要はありません。

短く自分を表す言葉として役立つことはあります。

ただ、その言葉が曖昧に感じるときは、実際の場面に戻ってみます。

たとえば「発言する」「責任を引き受ける」「人を助ける」「対立に対応する」「不確かなことを試す」「選択肢から一つを決める」といった、同じ種類の選択をした場面を二つか三つ思い出します。

そして、何が変わったのかを比べます。

作ろうとしているのは、こんな一文です。

「〜のとき、私は〜しやすい。〜という条件に変わると、代わりに〜することが多い。」

たとえば、こうなります。

話し合いに方向性がないとき、私は選択肢を整理して、決定に向けて話を進めやすいです。誰かがすでに明確な方針を持っているときは、自分が前に出るより、その方針の中で貢献するほうを選びやすいです。

あるいは、こうです。

自分だけに影響する選択なら、私は試しながら決めることに抵抗がありません。ほかの人もその結果を受けるときは、ずっと慎重になります。

どちらの文も、「これが一生変わらない本当の自分だ」と言っているわけではありません。

そこが大事です。

これなら、これからの経験と比べられるくらい具体的な説明になります。

もし次の経験がこのパターンに合わなくても、「自分らしくなくなった」と考える必要はありません。その場面も含めて、説明を少し更新できます。

小さな説明のほうが、自分を理解しやすいことがあります

「私は何者なのか」という問いは、とても大きな答えを求めます。

一方で、これまでの選択からは、もっと小さな答えを作れます。

単に「おとなしい人」「よく話す人」、「慎重な人」「大胆な人」、「リーダー」「ついていく人」のどれか一つではないかもしれません。

発言することの負担が大きいときは黙りやすい。大切なことが放置されているときは前に出やすい。方向性がないときはまとめ役を引き受けやすい。信頼できる人が進めているときは、その人についていくことを選びやすい。

こうした条件は、「本当の自分」を邪魔する例外ではありません。

むしろ、その条件まで含めて自分を説明できます。

もし「自分らしさ」という言葉が大きすぎてつかみにくいなら、まずは自分の中で対照的だった二つの場面から、この一文を作ってみるところから始められます。

「私は、〜のときは〜しやすい。でも、〜のときは、代わりに〜することが多い。」

この一文で、自分の性格すべてを説明する必要はありません。

今まで曖昧だった自分の一面を少し具体的にして、次の選択に使える形にできれば、それで十分です。